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さよならの日
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今月14日の夕方6時過ぎ。
母方のおじいちゃんが亡くなりました。
84歳でした。


わたしが知っているおじいちゃんといえば、ちょっと厳格で近寄り難いイメージ。
(でも実際はよく気にかけてくれていたんですが、こどもだったわたしには難しい話が多かった。)

もう長年片足が悪く、母が亡くなった14年前にはすでにほとんど歩けませんでした。
それから数年後の手術を機に全く歩けず、寝たきりになってしまいました。
それ以来10年近く、祖母の介護のもと自宅で療養。
その10年間はベッドの中から、新聞や本を読みテレビを観て今の世の中を知り、祖母を通じてわたし達孫の様子や身近な人の様子を聞く、という生活でした。
病気や年のせいで言葉も思うように話せなくなっていたけど、亡くなる直前まで頭はしっかりとしていました。
でもベッドの中で外の様子を聞かされるだけ、でも思考はしっかりとしている、という状態はもともとおじいちゃんが持ち合わせた心配性な部分が強く出てしまうようで。
何かわたし達孫が壁にぶつかっている話などを聞くと、それだけで1日中あれこれ考えて悩みこんで眠れない日が続く、ということもよくあったようです。
そんなわけで祖母はわたし達に関することは随分取捨選択し、時には適当にごまかしつつ様子を伝えていたようでした。
もしかしたらわたしの父が再婚したことも、その後、わたし達姉弟と父の間に溝が出来てしまったことも知らないままかもしれません。

でももちろんいいニュースはちゃんとおじいちゃんの耳には入るのです。
テルと結婚したことはもちろん、ニーニのこともちゃんと知っていますし、何度かニーニを会わせることも出来ました。
よくわたしとニーニのことも気にかけてくれていたようです。
今年のお正月もテルとニーニと3人で会いに行き、話すことも出来ました。
おじいちゃんの娘である母が亡くなってから心配ばかりかけていたわたしだけれど、最後にひ孫を見せることが出来て本当に良かったです。
何しろずっと寝たきりだったってことは、今までも危なかったことが何度かあったわけで。。。
最期は容態が急変して10分ほどで亡くなってしまいました。
おじいちゃんと同居の従姉弟達も間に合わず、扉を開けた瞬間に心電図モニターはゼロになったらしいです。
わたしの弟はもちろん間に合わなかったようです。
弟の話では亡くなる30分前に電話で様子を聞くと、「今はまだ落ち着いてる」ということだったそうです。

亡くなったその日までしゃべることは出来なかったけれど、手で合図出来るほど意識のしっかりしていたおじいちゃん。
長年連れ添ったおばあちゃんに看取られて、最期には何を思っていたんでしょう。


あっちの世界ではわたしの母もいることだし、十数年ぶりに元気に親子の会話をしているといいな。
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by vanilla_noel | 2006-05-30 14:35 | ◆日々
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